リキプロに在籍していた下田大作は言ってみるならまさに風来坊。移籍、入団を繰り返して多くの団体に所属したプロレスラーです。そして双子の弟もプロレスラーをしています。ここではそんな下田大作についてまとめてみました。
★移籍暦の多い下田大作の入団、退団劇
下田大作は1998年にDDTに入門しプロレスデビューを果たしました。
下田大作は移籍が多く、2000年にはレッスル夢ファクトリーに移籍、その後大日本プロレスに入団するもすぐに退団、冬木軍プロモーションに入団しては退団、アパッチプロレス軍を入団し退団、リキプロへ移籍(リキプロ所属はしていましたがWJプロレスには所属しなかった)、リキプロで活躍した後フリーで活動することになります。
2008年にはデビュー10周年記念興行「TURN ON THE LIGHT」を自主開催し成功を収めました。
しばらくフリー活動をしていましたが2011年には再びアパッチプロレス軍に正式入団し、今でも移籍はしていません。ようやく長く身を置く団体を見つけたと言ったところでしょうか。
入団、退団を繰り返す下田大作でしたが人柄が良かったのでしょう。常にどこかしらに入ることができ、長年プロレス人生を続けることができています。
獲得したタイトルにRCWインターナショナルヘビー級があります。大柄の体から繰り広げる迫力あるバックドロップ、ドラゴンスープレックスを得意技としていて観客を魅了しています。
★2009年の大晦日に大怪我
2009年の大晦日にはターザン山本がプロデュースした夢の架け橋2009〜大晦日プロレス際〜で左膝後十字靭帯断裂、前十字靭帯損傷、外側半月板断裂という大怪我を負ってしまいました。
そのため2010年1月31日に自身でプロデュースしていた大会を中止せざるをえなくなりました。
しかしそれでも引退することなく復帰を目指し、2011年アパッチプロレス軍新木場1stRING大会で約1年半ぶりに見事復帰を果たしました。
★双子の弟もプロレスラー
下田大作の双子の弟である不動力也、本名下田勇作(しもだゆうさく)もプロレスラーです。フドゥーという愛称があります。
下田勇作は下田大作同様DDTでデビュー、その後もレッスル夢ファクトリーなどを経てZEROーONEに転身しました。
リング入場の際にサッカーのROAD TO FRANCEのテーマ曲を使い、リング上で踊り観客を沸かせていました。
橋本真也からリングネームを黒毛和牛太(くろげわぎゅうた)と命名されてしまうこともありましたが、2004年に負けがこんだことから田中将斗から不動力也と改名するよう言い渡されます。ちなみに不動力也はファイトスタイルを不動のものとしろという意味らしいです。
2011年からはアパッチプロレス軍に参戦した後デモリッション軍へ加入。さらに退団し芸能プロダクション主催のシアタープロレス花鳥風月に入団、移籍。
現在はプロレスリングLANDS ENDに所属しています。
こう書いてみると、なんとも移籍の多い双子だなという印象ではありますが、双子で揃ってプロレスラーとして活躍しているなんてすごいことですよね。親は2倍心配かもしれませんが……。